話し手の判断とは【其の2】
2008 年 6 月 20 日
それでは、何故、このような新しい英語の理解法を考え出さなければいけなかったか
ということをお伝えするために、VSOP英文法の基本的な考え方をご説明します。
私が調べましたところ、英語は同義表現がとても多い言葉だということが分かりました。例えば
★ 私たちは、現行の文法が日本人にとって英語の学習するのに適していると信じています。
というような日本語に対して、以下のようなたくさんの同義表現ができます。
① We believe that the grammar is suitable for the Japanese to learn English.
② We are sure that the grammar is suitable for the Japanese to learn English.
③ We are convinced that the grammar is suitable for the Japanese to learn English.
④ We have a belief that the grammar is suitable for the Japanese to learn English.
⑤ We are of the belief that the grammar is suitable for the Japanese to learn English.
⑥ We are believers that the grammar is suitable for the Japanese to learn English.
まだまだ別の表現もできますが、ここでは、We(私達は) の後ろの「信じている」
という部分だけを変えて、6通りの表現にしてみました。
これらの We の後ろで「信じている」という意味を表している部分は、
今の英文法の説明では「文法形式が各々違っています」
使っている言葉の種類(品詞)が違うからです。
けれども、発話の意図、細かいニュアンスを考えなければ、日本語に訳すと
同じような意味になります。
それは、We □□□□ that …………..の「□□□□」の部分が同じ働きをしているからです。
VSOP英文法では、この 「□□□□」 の部分を「話し手の判断」と考えます。
that 以下の部分は「判断されている内容が一つの文になっている」と考えます。
英語は、「We 「□□□□」 」と先に「話し手の判断」を言い、
その後で「一文で判断の内容を言う」と考えればよいのです。
「話し手の判断」には、基本的に4通りあるのは、先日の
「話し手の判断とは【其の一】」
で述べました。
これを知っていれば、「□□□□」 の部分の言葉の意味が分かれば
そのまま英文の意味が分かるはずです。
それでは、今の英語の解釈法[5文型英文法]で、これらの例文を説明してみます。
たいていの方は、このような説明は面白くないはずですが、
「新しい理解法が必要だ」と感じて頂くために
あえて書いておきます。
多分、以下のようになるでしょう。
◆◆◆◆◆◆ 今の英文法による説明 ◆◆◆◆◆◆
文法に興味のない方は読まない方が良いでしょう
① believe that …は 「信じる:他動詞」なので「S+V+O:第3文型」になっています。
この場合の、that 節は「believe の目的語(O)」なので「名詞節」です。
② be sure that …は 「be +形容詞」なので sure(確信している) は「補語」になります。
「S+V+C+A:第2文型の特殊形」と考えます。
この場合の、that 節は「根拠を表す副詞節(M)」になります。
③ be convinced that …は、「be +convinced(確信している)」で「受動態」なので、
「文型」という概念からは除外されています。
一般的には、第3文型:S+V+O の「態の変換」されたものとされます。
また、convinced(過去分詞)は「形容詞」と考えられるので、「am sure の使い方と同じ」
と考え、「S+V+C+A:第2文型の特殊形」とも考えられます。
この場合の、that 節は convinced(過去分詞)を「形容詞」と考えるので、
「副詞節(M)」になります。
④ have a belief that … は、「他動詞+名詞」なので、a belief(信念)は目的語になり
「S+V+O+M:第3文型」になります。
後ろの that節は、a belief の内容を説明しているので「同格の名詞節」、
又は形容詞節と考えます。
理由は、
1.名詞節と考える場合
that節が、直前の a belief の内容を言い換えているので「同じ内容を表している」からです。
2.形容詞節と考える場合
that 節が直前の a belief の内容を修飾していると考えるからです。
⑤ be of the belief that …は、「 be+of+the belief(信念:名詞)」なので、
「 be + 前置詞句」で、「S+V+M+M:第1文型」となる…….
はずなのですが、解説は見たことがありません。
上手く説明できないからでしょう。
※この表現に「適当な解説が見あたらない理由」は、
五文型英文法では、「be +前置詞句」の場合、
「be が 完全自動詞で存在を表し、前置詞句は副詞句(=修飾句)」と
されているからです。
また、このような場合の that 節も、同格の名詞節、又は形容詞節と考えられます。
⑥ be believers that …は、 「 be +believers(信じている人々: 名詞)」で、
「S+V+C:第2文型」となり、that節は「形容詞用法」となる…….
はずなのですが、解説は見たことがありません。
上手く説明できないからでしょう。
※この表現に「適当な解説が見あたらない理由」は、五文型英文法では、
「be +名詞」の場合、「be が 不完全自動詞で、後ろの名詞は「補語(C)」になる
のですが、名詞の後ろで使うthat節は「同格の名詞的用法」か
「修飾している場合の形容詞用法」しか分類が無いからです。
この場合のthat節はどちらとも決めがたいと思います。
◆◆◆◆◆◆以上、今までの解釈法による解説 ◆◆◆◆◆◆
● このような解説を読んで嬉しかったですか?
多くの人は、このような説明はあまり嬉しくないはずです。
理由は多分、
・文法用語が難しく用語の定義や意味が覚えられないので、文法は嫌い
・品詞名で使い方を説明しているが、各単語の品詞が覚え切れない
・文法用語の理解が目的はなく、英文その物を理解したい
最後に、これが一番の問題だと思われますが、
「説明自体、なんか変なんじゃないか?」でしょう。
「変だ」と感じる理由は、
同じような意味、働きになっている部分に、
何でまったく違った用語を使って説明をしているのだろう????
だと思われます。
このような解釈で英語を学習するのが、日本人に適していると感じられますか?
にもかかわらず、このような説明をする英文法を元に、
日本の英語教育は成り立っています。
気づいていない方が多いのですが、すべての英語学習システムは
「一定の英文法理論に従って」組み立てられています。
「中学・高校の英語教育」から、「受験予備校」、「TOEIC受験指導」でも、
「英会話スクール」、果ては小学生・幼児のようなKids向けの英語教室に至るまで、
英語教育システムはすべて
「このような英語解釈をする英文法理論に従って英語を身に付ける」
ようにできています。
辞書も同様です。
「英文法なんて要らない!しゃべれれば良いんだ!」
とお思いの方がほとんどだと思います。
けれども、それは「無理」なことなのです。
私達は英語圏に住んでいませんから、
母語である日本語を身に付けた後では、
日本語を通してしか英語の理解はできません。
「英文の作り方の規則(=英文法)」を「日本語の説明で納得しなければ
身に付かない」はずだからです。
「英会話は英作文の連続だ」ということを忘れてはいけません。
英作文に英文法が不可欠なのは異論はないと思います。
日本人がなかなか英語が使えるようにならない理由として
「英文法に従って、英語を身に付けようとしているからだ」
とよく言われていますが、実はそうではなく、
「この分かりにくい説明をもとに英語を解釈しようとしている」から
ではないかと思われます。
英語教育の元になっている、いわゆる「5文型の分類を中心とした今の英文法」は、
学習者に決して優しくはありません。
ですから、先ほどの例文の説明は、英語指導者によって
いろいろな変化形を持ちます。
それは、英語指導者達が各自一生懸命に
学習者に分かりやすいような説明を考えるからです。
例えば、学習用ではなく「英語教師の指導用のための文法書」などでは、
②のような「be+形容詞+that-節」の場合、
「上記のような分類をして無理に区別させる必要は無い」
と解説しています。
その本によれば(書名はあえて書きません)
「be sure that …や、be afraid that …は、
be sure of …や、be afraid of …が、
believe や fear などの「他動詞と同等の働き」をしており、
of it の省略された形である」
と言っています。
このような解説をすると、
「be + 形容詞 of …」は、「第2文型:S+V+C+Aである」と言い、
「他動詞+目的語」は、「第3文型:S+V+Oである」と言い、
はじめに
「別の文の種類ですから、区別できるようにしましょう」
と言っておいて、
後で
「実は同じ文型ですから、区別は要りませんよ」
と言うことになります。
最後は「同じだ」と言い直すのであれば、
「はじめの分類は、何んだったんだ」と教わった方は思うでしょう。
さらに、⑤⑥のような言い方は、知らない方が多いと思います。
それは、その項で説明したように
「今の英文法では説明できない言葉の組み合わせ」
だからです。
文法で説明できな表現は、教えられません。
教えられない表現は、知らされないのです。
英語学習は、常に「英文法に支配されている」のです。
ですから、このような 難しそうな that節の用例が学習の場に
登場する頃:
高校の後半学年の頃には、英文法の用語はだんだん影を潜め、
「決まり文句」、「慣用表現」、「熟語(イディオム)」という言葉が、
あたかも「文法用語」として使われるようになります。
このような「慣用表現」に英文法的な説明を求める生徒がいると、
英語の先生や英語に熟達された方々は
「いやぁ、文法っていうのは方便のようなもので、言葉ですから、
すべてが説明できるわけではないのですよ」
「英語は慣用表現が多い言葉で、文法で説明できな使い方が多いんですよね。
理屈よりも言葉のニュアンスの方が大切です」
「英語は言葉ですから、文法にこだわっていると上達しませんよ。
浴びるように聞き、しゃべることです」
とおっしゃいます。
数学や理科で、教える内容や説明が教える人によって違えば、
教わる方は大いに混乱します。
けれども、不思議なことに英語は、教える側の解釈によって
教え方が大きく異なっているようです。
それは、説明の元になっている英文法に分かりやすくなっていないので、
教える側や理解する側が
「自分なりの拡大解釈をしなければいけない」
といようになっているからではないでしょうか。
各人の解釈によって、変えなくてはいけないのが、
今の英文法なのです。
ですから「上記の説明が間違えている」と思った方もいらっしゃるでしょう。
斯くして、英語教育は「百家争鳴」の呈(てい)をなしています。
今の英文法に従って英語を理解しようとすると、
各人が「英文法研究家」を志すことになってしまうのです。
かく言う私もその一人です。
結果として、
英語は、先に S-V と話し手の判断を言い
後から O-P とその内容を言う
という簡単な決まりを発見したと思っています。

